自決将軍~ハクキ伝~ 女傑編

原作を男女改変した物です。

※この作品は紀元前(BC)265年~244年まで幅広いです。

 紀元前265年~没年までの年齢を表記します。

 しかし、正確な物ではないので演じる上で合わせなくても大丈夫です。

 ご参考までにどうぞ。

※[紀元前]

  BC(BeforeCentury)とも表記。西暦よりも前の時代を表すときに使う表記。

  年数が少ないほど、時代が経っています。(例)BC10年→1年後→BC9年

※女のみの世界観で描いている為、男性要素を排除してます。

〇登場人物

♂[白起ーハクキー] 53歳~61歳 (没年BC257年)

 秦国最強と言われた将軍の一人。

♂[王齕ーオウコツー] 28歳~49歳 (没年BC244年)

 秦国の将軍。将軍になる前は白起に仕えていた。

 M(モノローグ)は晩年の王齕が語っています。

♂[昭王ーショウオウー] 60歳~74歳 (没年BC251年)

 秦国第3代国王。昭襄王(ショウジョウオウ)とも。

 中華統一を夢見ている。秦の始皇帝の曽祖母。

♂[廉頗ーレンパー] 48歳~70歳 (没年BC243年)

 趙(チョウ)国最強と言われた将軍の一人。

♂♀[趙括ーチョウカツー] 18歳~23歳 (没年BC260年)

 趙国の若き兵法家。

 趙国最強と言われた将軍の一人、趙奢(チョウショ)の娘。

♂♀[少女]

 秦国の若き兵士。

 王齕に憧れ、将軍になることを夢見ている。

〇役表

自決将軍~ハクキ伝~

作:焔屋 稀丹

白起・兵士壱:

王齕・兵士弐:

廉頗・兵士参:

昭王・兵士肆:

趙括・兵士伍・少女:

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※兵士はモブです。参・肆・伍が一番しゃべります。

 一個人の人物ではありません。場面によって別々の人になります

 同時に喋る場所あります。無理に合わせなくても大丈夫です。

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白起「我いずれの罪に、これ天に至るかな」

※私は天下に対して何の罪を犯したのだ。

――紀元前244年某日――

王齕M「かれこれ15年も前になるか。知っておるか?この国にはかつて中華全土にその名を知らしめた。武の者がおった。」

兵士参「頼む!なんでもする!だから、命だけは!」

兵士肆「私たちは降伏したんです!こんな仕打ちはあんまりだぁ!」

兵士伍「村には母も子もいるのです!お助けを!!」

白起「王齕、用意は出来たか。」

王齕「はっ。」

白起「…やれ。」

兵士参・肆・伍「(絶叫)」

王齕M「残忍かつ冷淡。戦場(いくさば)に合わせ無限に繰り出される奇策は、敵将のことごとくを打ち破った。連戦連勝、その者の猛威は天下をも震わせた。と、語り継がれてきた。」

白起「…。」

王齕「これでなんとか兵糧(ひょうろう)が持ちます。」

白起「……っはぁ。」(片膝をつく)

王齕「白起様?」

白起「はぁ…はぁ…」

王齕「白起…さ」

白起「子供だけは!!若い兵たちだけは引き上げろ!!!」

王齕「え…」

白起「早く引き揚げろと言っている!!娘たちだけならば、生かしておいても我らに害はない!!だから、早く引き揚げてくれ!!頼む!!」

王齕「は、はい!子どもは引き揚げろ!!子ども達だけは引き揚げろぉ!!!」

白起「ハァ…ハァ…。すまない…。すまない。すまない。すまない。……許してくれ!」

王齕M「だが、私の知っているあのお方は、熱き血潮にその身を委ね、民の心を慮(おもんばか)る事の出来る博愛の心を持つ将軍だった。そして、私が最も尊ぶその者こそ…」

王齕M「秦国大将軍・白起」

――紀元前265年――

――夜――

王齕「白起様、お呼びでございますか。」

白起「おお、来たか王齕。入られよ。」

(ドアの開く音)

王齕「失礼いたします。して、何用でございますか。白起様。」

白起「うむ。急な呼び立てにも関わらず、すまないな。実はな、王齕。そちの耳にも入れておきたいことがあってな。」

王齕「はい…。耳に?何事でしょうか。」

白起「うむ。いよいよ我が王は隣国【趙】を攻め落とす気だ。」

王齕「なっ!?昭王(ショウオウ)様が!しかし、我が国にそれだけの国力など…」

白起「うむ。王はここの所、猛烈な勢いで諸国を攻め立てている。故に、手に入れた広大な土地を耕す為、国に余力はない。」

王齕「では、なぜ王をお止めに…」

白起「無論、止めた。だが所詮、私は魏冄(ギゼン)宰相の手の者だった女だ。そう思われている以上、王が耳を傾ける訳もなかろう。」

王齕「…全く。困ったお方だ。大志は抱こうとも、感情任せが過ぎる。今までは魏冄(ギゼン)宰相のおかげで統制が取れていたというのに。このまま、臣下の言葉に耳を貸せぬようでは…」

白起「それ以上はよせ。仮にも忠誠を誓った我らが王である。慎みたまえ。それに、あのお方が私の言葉を聞けぬのには、訳がある。王には時間が残されておらぬ。急(せ)く気持ちも分かるのだ。」

王齕「…。なるほど。して、なにゆえそれを私に…」

白起「此度の趙国侵略の遠征軍。その総大将に、王齕。そちを推挙した。」

王齕「そうッ!?私に!?無茶です!!白起様がなるべきです。」

白起「王齕、そちは十分に力を蓄えてきている。そろそろ大役も務めて行かなければならぬ。」

王齕「私が…総大将。」

白起「これには昭王様も承服なさった。存分にそちの働きを見せる時だ。」

王齕「…。はっ!」

白起「明後日(みょうごにち)、私は20万の兵を率い、野王(やおう)に向かう。」

王齕「なっ!?野王に!?なにゆえ…」

白起「趙国陥落を狙う一歩目だ。まずは韓の領土を攻める。そして野王に布陣する。そこで、王齕。」

王齕「はい。」

白起「そちには30万の兵を率い、上党(ジョウトウ)に攻め込んでもらい、これを平定してもらう。」

王齕「上党に?すぐさまにですか?」

白起「いや、我が軍が野王を平定してからだ。領土を分断され、飛び地となった上党は趙国に援軍を乞う他なくなる。」

王齕「なにゆえ、趙を攻める為にそのような…」

白起「分からぬか?王齕よ。」

王齕「……。っ!?長平(ちょうへい)!」

白起「さよう。此度の戦場(いくさば)をここに据える為だ。」

王齕「しかし、上党が我ら秦国に降伏する可能性も…」

白起「いや、昨今の我が国は諸国に嫌われておる。上党は必ず趙国に助けを乞う。」

王齕「では、趙国がそれを断ったならば…」

白起「さすれば韓を滅ぼすまでよ。だが、趙国は必ず討って出る。みすみす韓を滅ぼされては、たまったものではないからな。」

王齕「確かに。韓を滅ぼせば、我らは趙への足がかりを手に入れる事となる。それを許してしまうくらいであれば、戦うほか選ぶ道はない。と…」

白起「うむ。王齕よ、趙軍が派兵した知らせを聞いたら、一気に上党を攻め立て、これを平定せよ。そして、長平にて趙軍を迎え撃つ。やれるな。王齕よ。」

王齕「しかし、そういうことであれば白起様が…」

白起「王齕?」

王齕「…。ははっ!大役、つつしんで承(うけたまわ)ります!」

白起「うむ。それでよい。」

王齕M「策は見事に的中した。韓の野王はあっけなく壊滅。本国との連絡手段を絶たれた上党はやむなく趙国に援軍を求め、趙国は我ら遠征軍撃退の為、40万の兵を起こした。そして、迎えた長平での戦い。ここで一つ、誤算があった。」

――紀元前262年――

 長平

 秦軍本拠地

王齕「よし…。無事に布陣はできたな。後は趙軍を迎え撃つのみ。」

兵士伍「伝令!趙国軍・廉頗率いる40万が長平に到着した模様!」

王齕「なっ!?廉頗。いま、廉頗と言ったか!」

兵士伍「はっ!趙国が掲げる旗に、確かに廉頗のシルシが!」

王齕「まずい…まずいぞっ!」

 趙軍本拠地

廉頗「ははは。秦の山猿どもめ。この長平の地に目をつけるとは、まずは合格点をやろう。だがそれがどうした。うぬら30万の兵など、我ら趙軍40万でひねりつぶしてくれるわ!!」

 秦軍本拠地

王齕「ただでさえ、上党からついたばかりで我が軍はもたついている。その上、40万の大軍が長平城に布陣しているだと!?数の利でも劣っているというのに……それを率いているのが、廉頗!?」

王齕M「かつて趙国最強と言われた三大将軍の一角、廉頗。我ら秦国としては極力ぶつかりたくはなかった相手だ。武官としての力もさることながら、軍略家としての才も持つ廉頗に、我ら秦国は勝った事が無かった。本来、切り札に使うと思われた廉頗。それを初手で出された我らは大きく先手を取られたのだ。」

王齕「布陣を変える。全軍を広く展開せよ。」

 趙軍本拠地

廉頗「ほう…30万の軍を細かい分隊に分けおったか。おい!敵の大将、名をなんといった。」

兵士肆「はっ!王齕なる者です。」

廉頗「王齕…。名門・オウの一族か?だが、ここで布陣を変えるようでは、まだまだじゃな。そんな細かい分隊には力は無いぞ、王齕よ!」

 秦軍本拠地

兵士伍「左翼の軍3万が迫ってきます!」

王齕「3万?出し惜しみしおって。ならばここですり潰してくれるわ!!中央軍3隊は右翼の軍に寄れ!そして右翼全軍は敵の進行方向に対して、道を空けるように縦列(じゅうれつ)を組め。鶴翼(カクヨク)の陣だ!!」

兵士壱・参・肆・伍「おぉー!」(全員)

廉頗「なるほど。真っすぐと向かってくる槍は受け止めれば深く刺さる。だが、囲むように横からつかみ取れば勢いはなくなる、と。広い土地を活かし、軍を平らに伸ばしたのは柔軟な陣形を作る為か。やるではないか、あの王齕とやら。悪くない。…だが、これならどうかな?」

兵士伍「うぁぁぁ!」

王齕「なっ…あれは!?」

廉頗「車駆(くるまが)けの陣!!」

王齕「なんだ!あの大きな渦は!まるで、嵐のような…。あれではすりつぶそうにも…」

廉頗「軍長を中心に3万の兵が弧を描く陣形。たとえ壁が迫ってこようとも、すべて削り取ってくれるわ!」

王齕「まずい…ここで5万近くの兵を減らしては…。どうする…どうする!!!」

廉頗「フッフッフ…。」

王齕M「正直言って、廉頗が相手となった時、どことなく覚悟をしていた所はあった。数多の戦場を駆け抜けてきたが、それは廉頗の比ではなかった。何もかも後手。我が軍は防戦を強いられていた。…その時だ!」

(弓の音)

兵士伍「うぉああ」

兵士肆「軍長!!」

白起「車駆けの陣、破れたり!第5隊、加勢に入れ!敵陣は崩れたぞ!!そのまま一気に刈り取れ!」

王齕「白起様!!」

白起「王齕!待たせたな!この白起が来たからには趙軍の者達にこれ以上の手だしはさせぬぞ!」

 趙軍本拠地

兵士肆「急報!急報!」

廉頗「伏兵じゃと!?」

兵士肆「はっ!南の山林(さんりん)にて秦軍およそ20万を確認いたしました。」

廉頗「20っ!?して、それを率いているのは!」

兵士肆「白起です!」

廉頗「白起じゃと!!まずい!!…立て直す!全軍に通達いたせい。一度、撤退じゃ!」

兵士肆「ははっ!」

 秦軍本拠地

王齕「白起様、わざわざ野王よりの加勢。ありがたく存じます!」

白起「うむ。苦しい戦いであったろう。なにせ、相手が廉頗と来たわけだからな。」

王齕「はっ。さすがは趙国一の猛将とだけあり、てこずりました。危うく我が軍は、壊滅的な打撃を受けるところでした。」

白起「ははは。総大将ともあろう者がそう弱音を吐くでない。だが、確かに廉頗相手では荷が重いな。…王齕よ。」

王齕「はっ」

白起「ここは私が受け持つぞ。」

王齕「は…え!?いや、ですがそのような事…」

昭王「案ずるな。わらわの決定じゃ。」

王齕「え?…っ!?昭王様!!」

昭王「白起は良くも悪くも名が通っておる。こやつを立てるだけで敵は震え上がるじゃろうて。王齕、ぬしは白起のしたにつき、副将として補佐いたせ。」

王齕「…。ははっ!」

白起「…。」

昭王「では、後は頼むぞ白起。」

白起「はっ。して、昭王様はどちらに?」

昭王「どこでもよかろう。咸陽(かんよう)に戻るだけじゃ。一々聞くな。」

白起「…まことに失礼いたしました。」

昭王「ではの、王齕。白起のもと、大変じゃとは思うが、よく励め。」

王齕「ははっ。」

王齕「ふぅ…。白起様。」

白起「良い。今は他にやる事がある。」

王齕「ほかに?」

白起「今の襲撃で兵の士気がだいぶ下がってしまった。立て直しが必要だ。」

王齕「あ…。」

白起「皆の者!!先程の攻撃、よくぞ耐え抜いてくれた!王齕に変わり、秦軍総大将についた白起だ!」

兵士伍「おぉ!白起様だ!」

兵士肆「白起様ー!!」

白起「声援、痛み入る。だが、今の襲撃で多くの者がやられた。完全に先手を取られたと言ってもよいであろう。此度(こたび)の敵将は趙国最強と言われる将軍・廉頗!これまで秦国が彼(か)の者を打ち破ったことは一度も無い。一度もだ!」

兵士弐・参・肆・伍「(動揺)」

白起「だが、よく聞け!!この白起もまた、30年に及ぶ数々の戦で敗北を味わったことも無いのだ!廉頗がここまで名を高めることが出来たのは、この白起から逃げていたからだ!その証に見てみよ!私が来たのを見て、早々に城の中に逃げ帰ったぞ!今頃この白起が来たことを憂(うれ)いているだろうよ。我が軍は30万、そこに私が引き連れてきた20万を合わせ50万だ!!この中華全土で見れば、そなたらはたかだか一兵卒(いっぺいそつ)に過ぎない!だが、一人一人が数多(あまた)の戦場(いくさば)を駆け抜けてきた歴戦の猛者(もさ)だ!!よいか!!我ら秦軍は!ここ長平で!廉頗、そして趙軍を打ち果たすぞ!」

兵士弐・参・肆・伍「おおおおお!!」

白起「者どもぉおお!勝つのはぁ!!」

兵士弐・参・肆・伍「秦軍!秦軍!秦軍!」(白起役以外)

白起「率いるは!!」

兵士弐・参・肆・伍「白起!白起!白起!」(白起役以外)

白起「勝利は我らが手にぃ!!」

兵士弐・肆・伍「おぉおおおおお!!!」(白起役以外)

廉頗「むぅ、あれはなんだ!!先程まで疲弊しておった兵たちが、やけに活気づいておるわ。雷(いかづち)でも放ちそうな勢いじゃ。白起、これがあの将軍の力か!!」

王齕M「あのお方の強さは、その軍略の才だけではない。一瞬にして兵の心を掴む統率力。あのお方の檄(げき)は絶望を希望へと変える力があった。だが、廉頗もまた、一計を練っていた。」

――紀元前261年――

 秦軍本拠地

王齕「…白起様。」

白起「言うな。分かっておる…。」

王齕「しかし、このままでは士気は下がる一方です。」

白起「廉頗という将軍。このまま籠城策(ろうじょうさく)で乗り切るつもりだな。」

王齕「えぇ、その方が確実でしょう。」

白起「流石は名の知れている将だけある。戦いづらい相手だ。」

王齕「白起様が合流なされてから間もなく2年が経とうとしております。暴動とまでは行きませんが、軍内部の諍(いさか)いも度々おこっております。このまま長期戦となるのであれば、もはや撤退するしか…。」

白起「それだけはならぬ。このまま帰っても見よ。従軍してくれた兵達はどのような顔で郷里(きょうり)に立つ。敵の籠城策に耐え切れずに敗走など、お笑い種(ぐさ)もいいところだ。どんな形であれ、武功を挙げさせてやりたい。」

王齕「お気持ちはわかりますが。あの廉頗、城から出るつもりは無いと見えます。我ら遠征軍の疲弊(ひへい)を待っているのでしょう。守りも盤石過ぎて打つ手がございません。」

白起「打つ手はある!打つ手は、必ずある。この世に完璧な軍略など無いのだから。」

王齕「白起様…」

兵士伍「白起様!咸陽の昭王様より書簡が届いております。」

白起「んむ!読ませよ!」

王齕「昭王様より…まさか。」

書簡を読む白起

白起「オ、王齕…」

王齕「はい!」

白起「この戦、ますます泥沼化するぞ。」

王齕「っ!?そんな…」

白起「昭王様、あなた様も悪いお人だ。」

 趙軍本拠地

廉頗「はっはっは!秦軍一と評(ひょう)された白起も、この程度か。所詮は山猿よ。疲れたなら、さっさと帰れば良い物を。」

兵士肆「廉頗様!」

廉頗「ん?なんじゃ。いきなり。」

兵士肆「お出迎えにあがりました。」

廉頗「出迎え??なんの話じゃ。」

兵士肆「は?いや…。本日付で廉頗様は総大将の任を解任、邯鄲(カンタン)に戻られよ。との指示が…」

廉頗「なぁあにぃ!!わしが解任じゃとぉ!」

兵士肆「え、あぁ…」

廉頗「誰がそのようなふざけた事を言うた!わし自ら叩き斬ってやる!誰じゃ!答えてみよ!それとも貴様か!貴様が考えたのか!言うてみろ!!」

兵士肆「は…いや…あの…!」

趙括「孝成王(コウセイオウ)様ですよ。廉頗総大将。…いや、元・総大将。」

廉頗「あぁぁん??誰だ貴様は!」

趙括「趙奢(チョウショ)の子、趙括(チョウカツ)にございます。お初にお目にかかります。」

廉頗「趙奢の!?そんな奴がここに何の用じゃ。」

趙括「長平城の今後の指揮は、私めがとりおこないます。」

廉頗「なっ!?そうか、貴様かぁ!!腑抜けた事を言いおってからに!!何の権限があって、このわしを総大将の座から引き下ろす気だ!!」

趙括「だから、言ったじゃないですか。孝成王様よりの拝命(はいめい)です。」

廉頗「コーセーオー???あんの、クソムスメぇぇえ!!ならば理由は!交代させるからには、それ相応の理由があろうな!!」

趙括「もちろんです。何も私怨(しえん)などで決めた事ではございません。オホン、廉頗殿。」

廉頗「あぁ?」

趙括「すでに長平に布陣してからどのくらいの時が経ちましたか?1年…間もなく2年ともなります。」

廉頗「それがどうしたというのじゃ!」

趙括「初戦で敗走し、そのまま籠城(ろうじょう)されているらしいではありませぬか。何故、戦いに出られない。」

廉頗「戦いに出ないのではない。相手の…」

趙括「言い訳は結構です!秦の白起におびえているのでしょう。」

廉頗「なぁぁぁにぃ!?」

趙括「これは私の言葉ではありません。全て孝成王様のお言葉です。あなたは秦の白起の出現に驚き、地の利、数の利はコチラにあるというに、おびえて出陣ができないのです。ここは、母をも超える兵法家であるこの趙括が、見事に秦軍を討ち果たしてみせましょう。」

廉頗「……ははは」

趙括「な、なぜ笑うのです。」

廉頗「趙奢の娘よ。おぬし、戦の経験は?」

趙括「…っ。確かに経験はありませぬが、私めには様々な兵法が…」

廉頗「もう良いわ!よくわかった。お袋殿は確かに名将だ。それは認める。だが、その小娘は口先だけのバカと来た。」

趙括「く、くち…、バカ!?」

廉頗「王も王じゃ。誰ぞのたわごとを聞き、このようなフヌケを寄こしたものか。…全く。」

趙括「そ、それ以上の愚弄は、例え廉頗将軍でも許しませぬぞ!!この私めが趙奢の娘と知っての事か!」

廉頗「趙括っ!!」

趙括「ひっ…」

廉頗「これは遊びではないぞ。貴様の采配が趙国軍40万の命と、この国の命運を決めるのだ。これまでどれほどの兵法(へいほう)を学び、軍略を練ってきたかは知らぬが、戦場(いくさば)にそんな生兵法(なまびょうほう)は通用せぬぞ。この戦、負けてみよ。二度と趙国の地は踏めぬと思え!!」

趙括「っわぁ!」

廉頗「それでも戻ってきてみよ…」

趙括「(生唾を飲む)」

廉頗「趙括、貴様の首!!この廉頗が斬り落としてくれる。……馬を持て!邯鄲(カンタン)に戻る。あの腑抜けの王に一言申してやるわ!」

兵士肆「ははっ!」

趙括「はぁっ…。くそっ…。あのクソババァ。散々馬鹿にしやがって。今に見ておれ。この趙括めが…!」

 秦軍本拠地

兵士参「急報!急報!」

王齕「なんだ!」

兵士参「は!趙国軍総大将・廉頗が解任、趙括なる者が新たに総大将の任に着いたとの事!」

白起「来たか…。」

王齕「趙括??聞かぬ名だな」

白起「趙奢(ちょうしょ)の娘で趙国一の兵法家だ。」

王齕「趙奢の!?では…」

白起「うむ。廉頗をも超える軍略家と聞いた。趙国め。この戦、決めにかかる気だ。」

王齕「では、全軍に備えをするように通達します。」

白起「待て!王齕。」

王齕「は!」

白起「私に、策がある。」

 趙軍本拠地

趙括「おい。うるさい老いぼれどもは、全員いなくなったか。」

兵士肆「はは!籠城策を支持する廉頗派の将は、全て廃しました。」

趙括「うむ、ご苦労。さて、ここからが私めの戦だ。ふふふ。皆を見返す好機だ。やれ生兵法だ、将にふさわしくないだとか、兵法を丸暗記してるだけのクソガキだとか。母も含め、趙国の老いぼれどもはどうも人を見る目が無い。だが、我らが若き王はわかってらっしゃる。これからの趙国を率いる若き天才が誰なのかをな!伝令兵!!」

兵士肆「はは!」

趙括「全軍に通達せよ!明朝より、総攻撃いたす!…さぁ、この趙括めの力、とくと見よ。秦軍の山猿どもめぇ!」

王齕M「そして、その時が来た。中華全土を震え上がらせた大戦。長平の戦い、その最終戦が。我ら秦軍は、長き遠征に疲弊し士気を失っていた。そこに新たな総大将を迎え、活気づいた趙軍は、全勢力をもって攻め立ててきた!」

――紀元前260年――

(どらの音3回)

兵士壱・弐・参・肆・伍「(戦い合う兵士)」

兵士参「ぐああ!」(斬られる)

趙括「よし、敵の左翼の軍は壊滅したか。右翼軍!そのまま中央軍の戦いに合流せよ!」

兵士壱・弐・参・肆「おぉ!」

兵士参「白起様!押されております。」

白起「うむ。このままではまずいな。」

兵士参「いかがなさいますか!」

白起「私も出る!」

兵士参「総大将自ら!?」

白起「兵の士気を高めるぞ!!」

兵士肆「趙括様!中央軍に白起が現れました!少しばかり劣勢です!」

趙括「いや、これでいい!作戦通り、誘い出しに成功したぞ!あとは残った予備軍を加えて叩き潰すだけだ!私めも出よう!」

兵士肆「なっ、趙括様が!?なにゆえ…」

趙括「馬鹿か?あの白起の首を取る為に決まっておろう!!さぁ、続けー!!」

(馬のいななき)

兵士肆「あ、趙括様!趙括様ーー!」

白起「うぉおお!!」

兵士弐「ぐおぉあ」(斬られる)

兵士参「白起様!敵の予備軍がこちらに攻め込みます!」

白起「予備軍だと!?」

趙括「白起とやらぁ!!所詮はこの程度か!それで秦国最強の将軍とはな!たかが知れる!国に良い土産をもてそうだ。それぇ!右翼の軍も蹂躙せよ!そのまま、すり潰せぇ!」

兵士参「白起様!!」

白起「うむ!皆の者、撤退するぞぉ!!」

退いていく秦軍

趙括「あ?馬鹿か。今更、逃げた所でどこまで行けるというのだ。」

趙括「見よ!白起の軍が逃げていくぞ!私めの軍略に恐れをなしたのだぁ!全軍追え!追えー!!」

兵士肆「趙括様!これ以上の深追いは作戦には…グワッ!」(斬られる)

趙括「黙れ!!あの白起の首が目の前にあるのだ!疲れ切った兵を追うだけで勝てる!全軍!追え追えーー!!」

白起「いまだ!合図を出せ!!!」

兵士参「はは!」

(どらの音)

趙括「な、なんだ!何事だぁぁ!」

兵士肆「趙括様!後方より敵軍が!」

趙括「伏兵!?!?」

(どらの音)

趙括「今度はなんだ!!」

兵士肆「趙括様!横から騎兵隊が…グォッ」(首が飛ぶ)

趙括「ひぃっ!」

王齕「趙軍の総大将・趙括とは貴様の事だな。」

趙括「…ち、違う違う!!チョウカツサマは城内に…」

王齕「見苦しい嘘を!愚か者め。だが、その愚かさゆえ、まんまと白起様の罠にかかってくれたな。」

趙括「罠…。白起の…!?」

王齕「はじめから誘い出す気でいたのよ。名のある将を倒すだけのつもりだったが、まさか総大将が釣れるとはな…」

趙括「ば、馬鹿な…!そんな余力など無かったはずでは…。」

王齕「山猿に食われる気持ちはいかがかな?趙括殿。…お覚悟!」

趙括「お、お前ら!ほら!お前も!!さっさアイツを殺せ!」

王齕「我が名は秦国副将・王齕!趙国軍総大将・趙括の首、もらい受ける!!」

趙括「うわああああ!!」

(首が飛ぶ音)

兵士参・肆・伍「(どよめく)」

王齕「趙括、討ち取ったり…。」

白起「我らの、勝利だーー!!」

兵士参・肆・伍「(歓声)」

白起「趙国兵に告ぐ!!貴様らの大将は敗れた!この戦は秦軍が勝利をおさめたぞ!命惜しくば、大人しく投降いたせ!」

王齕M「実にあっけなかった。趙括の軍略はいわば型通りの兵法。読むに容易(たやす)かった。趙括を誘い出し、罠にはめ、2年続いた戦は一気に終結。我ら秦軍の勝利でな。実に気持ちの良い終わりであった。しかし、思わぬ問題も生じた。」

王齕「それだけはなりませぬ!白起様!」

白起「ならばどうすればよいのだ、王齕。」

王齕「それは…。」

白起「趙国軍20万の捕虜。正直言って、長き遠征にそれを養うだけの兵糧は残っていない。せいぜい我が軍を養う分しかないのだぞ。」

王齕「それはそうですが。このまま趙国に返せば、また秦国の脅威となりますぞ。たかだか1万や2万の話ではないのです。20万なのです。」

白起「ならば、20万の首をはねさせるのか?その労力と精神力に、我が兵たちはもつのか!」

王齕「いや、それは…。」

白起「…そうであろう。」

王齕M「勝利をおさめたものの、投降した20万の捕虜の扱いに我らは困ってしまった。趙国陥落を目指す遠征軍。このまま、趙国に攻め入るためには、どうしても捕虜たちは足かせとなってしまう。かといってそのままにしておけば、必ず暴動が起きる。すでに答えは出ていたが、あのお方はその決断を下せずにいた。」

白起「どうすれば…どうすればよいというのだ。」

王齕「…。」

昭王「白起。」

白起「っ!?」

王齕「しょ、昭王様!」

昭王「大勝をしたと聞いたものだから、来てやったというに、なんだそのザマは。」

白起「はっ!このようなお見苦しい姿を昭王様にお見せし…」

昭王「建前はよい。で、どうじゃった?わらわの計略は。」

白起「は!万事滞り無く(ばんじとどこおりなく)。私が趙括を恐れているという流言(りゅうげん)を広めて頂いたおかげで、被害少なく勝利をおさめる事ができました。」

昭王「ほっほっほ。そうじゃろうそうじゃろう。ゆめゆめ、感謝の気持ちを忘れるでないぞ。」

王齕「(小声)しかし、それを思いつかれたのは…」

白起「王齕。」

王齕「…。」

昭王「して、白起よ。」

白起「は!」

昭王「なにゆえ、まだここにおる。」

白起「……っ!」

昭王「いつになったら邯鄲(カンタン)へと向かう気だ。」

白起「邯鄲へは…間もなく攻め入るつもりではございましたが、なにぶん捕虜の数が多く…」

昭王「ならば皆、殺せばよかろう。」

王齕「っ!?」

白起「し、しかしながら!我ら秦軍は先の大戦で数を減らし、20万の首をはねるとなると我が軍の士気にも関わります。」

昭王「ううむ。ならば、趙国の兵に切らせればよかろう。」

王齕「昭王様!それでは、暴動が起きます。今の我らに暴動を鎮圧する余裕など!ましてやこの先、邯鄲(カンタン)に攻め入るのであれば、なるべく我が軍の負担は減らしたく…。」

昭王「それも、そうじゃな。ううむ」

白起「…。」

王齕「…。」

昭王「おぉ!思いついたぞ!」

白起「は…。」

昭王「最上(さいじょう)の策だ。兵達に負担をかけず、且つ捕虜たちを処分する方法がな!」

白起「…。…して、その方法とは。」

昭王「生き埋めにせよ。」

白起「な!?」

王齕「生き…。ですが、そのような堀り。」

昭王「掘らせるのじゃよ。趙国兵どもにな。それも生き埋めにする事を知らせずに、な。」

白起「昭王様…。昭王様、それはまことに本心からおっしゃられてるので…」

昭王「無論じゃ。さぁ、答えは決まった。わかったら、さっさとやれ。」

白起「昭王様!!」

出て行く昭王

王齕「生き埋め…。」

白起「…。」

王齕「残酷すぎる。それくらいであれば、首をはねて一気に楽にしてやった方が…」

白起「王齕。」

王齕「は!今すぐにでも昭王様に…」

白起「土を掘る用意をさせよ。」

王齕「…そんな!!白起様はご納得されたと!?」

白起「王命でもある。今更、くつがえしようもなかろう。……王齕よ。」

王齕「…。」

白起「よく、……見ておけ。」

王齕「……はっ!」

王齕M「あの時のお顔は今も忘れる事が出来ぬ。これまでも捕虜の虐殺はあった。その度に苦しまれていたが、あの時見たものはその比ではなかった。」

――堀の前――

兵士参「頼む!なんでもする!だから、命だけは!」

兵士肆「私たちは降伏したんです!こんな仕打ちはあんまりだぁ!」

兵士伍「村には母も子もいるのです!お助けを!!」

白起「王齕、用意は出来たか。」

王齕「はっ。」

白起「…やれ。」

兵士参・肆・伍「(絶叫)」

白起「…。」

王齕「これでなんとか兵糧(ひょうろう)が持ちます。」

白起「……っはぁ。」(片膝をつく)

王齕「白起様?」

白起「はぁ…はぁ…」

王齕「白起…さ」

白起「子供だけは!!若い兵たちだけは引き上げろ!!!」

王齕「え…」

白起「早く引き揚げろと言っている!!娘たちだけならば、生かしておいても我らに害はない!!だから、早く引き揚げてくれ!!頼む!!」

王齕「は、はい!子どもは引き揚げろ!!子ども達だけは引き揚げろぉ!!!」

白起「ハァ…ハァ…。すまない…。すまない。すまない。すまない。……許してくれ!」

王齕「…。」

昭王「よくやった。これで負担が減ったな。白起。」

白起「…っ。」

昭王「しかし、馬鹿らしい。小娘どもを数百人助けた所でどうなる。無駄なことを。」

王齕「くぅっ!」

白起「いさめよ、王齕!」

昭王「では、引き揚げるぞ。」

王齕「は!?」

白起「ま…待ってください!昭王様!なにゆえ、ここで引き上げるのですか!邯鄲は目の前です!趙軍に甚大な被害が出た今こそ!陥落させる好機では!」

昭王「出来るのか?」

白起「ぇ?」

昭王「疲れ切った兵達をこのまま引きずり、邯鄲まで攻め入ったとして、勝てるのか?ぬしに。」

白起「…。」

昭王「白起。ぬしの総大将の任を解く。王齕に戻す。」

王齕「…恐れながら、昭王様!」

昭王「足りない物資は届けさせよう。王齕よ、しばらくここで兵を休ませ、機が熟した時にまた邯鄲を攻めろ。」

王齕「昭王様!その大役は私には分不相応(ぶんふそうおう)。白起様にこそ…」

昭王「聞けば、趙括の首級(しゅきゅう)をあげたのは、王齕。ぬしらしいではないか。白起は前線に立つも攻めてくる趙括におびえ撤退しただとか。」

王齕「いえ、それは、作戦で…」

白起「おっしゃる通りでございます。解任の命、ありがたく賜(たまわ)ります。」

王齕「白起様!」

白起「いさめよ、王齕。」

昭王「では、わらわは先に咸陽(カンヨウ)に戻るとするぞ。ではな。」

王齕「よかったのですか。これで。」

白起「ほかに、どうしろと。」

王齕「…。」

白起「王齕、これが我ら秦国なのだ。よく覚えておくとよい。此度の戦の勝利は、今後この国を大きくするであろう。だが、命を軽(かろ)んじて得た物はな。いずれ、軽く吹き飛ぶ物よ。」

王齕「白起様…。」

白起「王齕、あとは任せたぞ。」

王齕「ははっ!!」

王齕M「王の白起嫌いは、尋常ではなかった。それも白起様が悪いわけではないのだ。白起様を引き立てていた魏冄(ギゼン)宰相との折り合いが悪かっただけで。魏冄(ギゼン)宰相を追放してからの昭王様のワガママぶりは、目に余る物があった。秦国一の功労者とも言ってよい白起様の待遇の悪さは、日に日に悪くなっていった。」

――紀元前257年――

白起の屋敷

白起「ゴホッ…ゴホッ…。はぁ。」

王齕「白起様。王齕にございます。」

白起「ん?おぉ…王齕。息災(そくさい)であったか?」

王齕「えぇ、この通り。白起様が病に伏していると聞き、はせ参じました。」

白起「全く。今や忙しい身だというのに。良いのだぞ、そのような事。」

王齕「…して、お加減は。」

白起「まぁ、風邪のようなものだ。すぐに戻る。それより、聞いたぞ。趙軍を邯鄲まで追い詰めたそうじゃないか。」

王齕「はい!ですが、攻め落とす所までは行けませんでした。」

白起「いや、十分だ。これでしばらく、趙国も動けまい。」

王齕「しかし、趙国陥落を目指していたのです。このような結果…」

白起「そう、自分を責めるでない。奴らも馬鹿ではなかったという事だ。」

王齕「はい…。」

兵士参「白起様!失礼いたします。」

白起「ん?なんだ。」

兵士参「昭王様より、急ぎ咸陽(カンヨウ)の王宮まで来るように。との事です。」

王齕「待て。白起様は今、病床に伏せっておられる。王宮に出向くなど…」

白起「良い。…すぐ向かう!伝達ご苦労であった。下がってよい。」

兵士参「ははっ!」

王齕「白起様、無理に動かぬ方が。」

白起「たまには体を動かしたいというものだ。3年も屋敷にこもって、だいぶナマってしまったからな。いい運動だと思い、行くまでよ。」

王齕「しかし、また何を言われるのか。」

白起「…そうだな。」

王齕「私もおつきします。」

白起「余計な心配はいらぬ。」

王齕「心配もいたします。あなた様は今や病人なのです。老人をいたわるのが、礼儀です。」

白起「全く、老人とな。大口を叩くようになったな。」

王齕「あなた様の教えです。」

(笑い合う二人)

秦国首都 咸陽

(どらの音)

兵士伍「白起様、ご到着。開門!」

白起「昭王様、白起にございます。」

昭王「うむ。よくぞ参った。おぉ、王齕も来ておったか。ちょうどよい。聞いて行け。」

王齕「ははっ。」

昭王「して、白起よ。何故わらわがぬしを呼んだか。わかっておるか。」

白起「…。恐れながら。私には…」

昭王「趙国の遠征軍が負けて帰ってきた。それは聞いたな?」

白起「はっ。」

昭王「秦国の総力をもって、邯鄲を落城させようと思うておったのに、ぬしはその間、何をしていた。」

白起「私は…」

昭王「3度じゃ!3度も出征を呼びかけたのに、ぬしは断ったな?」

王齕「恐れながら、昭王様。白起様、病床に伏せっており…」

昭王「黙れ、王齕!白起に聞いておるのじゃ!こやつ、仮病を使って命令を無視したのじゃ。ぬしの考えてることは、分かっておるのじゃぞ。どうせおのれが出ても勝てまいと思うて出なかったのじゃろう!ぬしは臆病者だからな、のう白起。魏冄(ギゼン)がおらねば何も出来ぬフヌケが!ん?どうせ今もこう思っておるのじゃろう。おのれの言う通りにしておれば勝った。とでも!この恥知らずめ!」

王齕「…っ!」

白起「よーくお分かりでいらっしゃる。昭王様。」

王齕「は!?」

白起「えぇ、そうですとも。仮病ですよ。ハナからあなた様の命になど、従うつもりはなかったのですからな。」

昭王「白起ぃ…。」

王齕「白起様。何を…」

昭王「どうしてくれる!!貴様ごときのせいで、わらわの中華統一の夢が遠のいたではないか。」

白起「はっはっは。中華統一?昭王様、ご冗談でしょう。私や魏冄(ギゼン)様の言う事に耳を貸せぬあなた様に、そのような大業(タイギョウ)は成しえませんよ。」

昭王「なぁぁにぃい!?」

白起「今回の戦で大敗を喫する事は、明白でしたよ。ふっ。言ったことではない。」

昭王「白起ーー!!どこまで愚弄するか貴様!!」

白起「愚弄など、滅相な。事実を述べたまで。」

昭王「死ね…白起。死罪じゃあああああ!!」

白起「っ!?」

昭王「此度の事は、叱責(しっせき)にとどめてやろうと思うたが、よもやそのような事を考えていたとはなぁ…白起。さすがのわらわも我慢の限界じゃ…。」

白起「死罪と…。ふふっ、私が?一体どのような罪で…。」

昭王「聞けば、ぬし。魏国と内通しておったらしいではないか。」

王齕「な!?そんな話は一つも…。」

昭王「おかしいと思うたのじゃ。包囲しておった邯鄲の内情は他国の知る所にあらず。あの機に魏の援軍が来るのは、明らかに妙であったからのう。」

王齕「恐れながら!それは魏に亡命した廉頗による伝達と聞いております。」

昭王「黙れ。今は白起に聞いておるのだ!」

白起「王齕、もう良い。…昭王様。」

昭王「なんじゃ?釈明(シャクメイ)でもするのか?」

白起「いえ、もはや何も語りませぬ。死罪の命。しかとたまわります。」

王齕「白起様ぁ!!」

昭王「うむ。まぁ、良い。その潔(いさぎよ)さに免じ、この流言(りゅうげん)は聞かなかったことにしよう。」

王齕「お待ちください!昭王様!白起様を死罪になど…そのようなことだけは!そのようなことだけは!」

昭王「王齕。ぬしは急ぎ張唐(ちょうとう)の軍に加わり、魏国への遠征に向かえ。」

王齕「昭王様ぁぁ!!」

白起「昭王様っ!」

白起「もう一つ、ワガママをお聞きいただけませぬか。」

昭王「……なんじゃ、言うてみよ。」

白起「最後の忠誠の証に、昭王様の宝剣を、たまわりたく。」

昭王「わらわの剣じゃと?」

白起「それで見事に自決いたします」

王齕「白起…様…。」

昭王「…ふむ。ぬしとも長い付き合いじゃからの。よかろう。」

白起「はっ!この白起。恭悦至極(キョウエツシゴク)に存(ぞん)じます!」

王齕「あぁ…ぁぁ…。」

白起「王齕。私の最期。見届けてくれ。」

――紀元前275年11月――

咸陽 中央部 広場

(口々に嘆く兵士達)

兵士参「白起様ぁ…」

兵士肆「あぁ…なぜ」

兵士伍「おいたわしや、白起様」

白起「ふぅ…」

王齕「白起様、昭王様の宝剣。こちらに…」

白起「うむ。すまぬな。王齕。」

王齕「…。」

白起「これまで、よく仕えてくれた。立派な将になったな。」

王齕「いえ、自分など。白起様には遠く及びません。」

白起「はっはっは。それはそうであろう。なんせ私は、秦国最強の将軍だからな。これからも、よく励め。そちは、秦国を担っていく将なのだからな。」

王齕「それを言えば白起様こそっ…。」

白起「私はもう無理だ。」

王齕「え…」

白起「自分の死期は、よくわかっておる。この病は、そういう病だ。死罪の命も、ちょうど良かったくらいに思っている…。」

白起「我いずれの罪に、これ天に至るかな」

王齕「は?」

白起「私が一体なんの罪を犯したのか。将軍でありながら、なにゆえ死罪を賜るのか。」

王齕「それは…」

白起「答えは明白だ。無益に命を軽んじたからさ。」

白起「伊闕(イケツ)、鄢(エン)、郢(エイ)、華陽(カヨウ)、陘(ケイ)、そして、長平。それ以外にも多くの戦場を駆け抜けてきた。50万…いや、100万は下らぬか。多くの者を死に追いやった。これで罪に問われなかったのだ。」

王齕「しかしそれは。」

白起「天は見ているな。」

王齕「え?」

白起「私はきっと、天に対し、罪を犯したのだ。」

王齕「天に…。」

白起「そう思わせてくれ。そう思いたい。そう思わなければ。悔しくて涙が出そうだ。」

王齕「…っ。」

白起「あぁ…。欲を言えば、戦場でこの命。散らせたかったな…。王齕。」

王齕「…はいっ。」

白起「——————私のようにはなるな。王齕。」

王齕「白起様…」

白起「ふっ…!」

白起、自分の首に剣をさし、自害

王齕「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁああああ!!」

――紀元前244年――

王齕「そして、あのお方は逝ってしまわれた。全てを託し、将でありながら味方であるはずの昭王の命(メイ)で自決をしたのだ。」

少女「白起って人は、可哀想な人だったのね…。」

王齕「かわいそう…。フフフ、かわいそう。そうだな。かわいそうな将軍だ。」

少女「この国の王族っていう人達は、本当に気に入らない!こないだ即位したっていう若い王様もやっぱりそうなのかな…。」

王齕「それはどうであろうな。だが、どのような王であれ、私たちが忠誠を誓う者。それが王だ。そちの目指す将軍というものはな。仕える王の覇道を突き進み、守る者だ。」

少女「そう…かもしれないけど。」

王齕「むすめ。」

少女「ん?」

王齕「私は将としてどう見える?」

少女「王齕将軍?そりゃあもう!この国最強の将軍よ!あんたに勝てる人なんて、この中華にはいないわ!」

王齕「ふふふ。そうか。では、今の私はどう見える?」

少女「…。」

王齕「覇道を突き進み、守る。その度に身を削る。将軍とはいっても。所詮は一人の人間なのだ。」

少女「そんなこと、言わないでよ…。」

王齕「私は、白起様のようになれたであろうか。白起様を越える将軍に、なれただろうか。」

少女「そんなの!当り前じゃない!!乱世は日々、強い者があらわれる!その中でここまで生き抜いてきてるのよ!白起将軍よりも強いに決まってる!」

王齕「ふふふ。ありがとう。…では、そちにこれを授けよう。」

少女「え?」

王齕「昭王の宝剣。白起様の命を刈り取った剣だ。」

少女「王齕…将軍。」

王齕「秦を中華統一に導く大将軍になるのであろう?簡単に死んでみな、殺す♪」

少女「…。うん!」

王齕「むすめ。最期にもう一度、そちの名を聞かせてくれ。」

少女「えぇ。秦国の大将軍になる女傑!あたいの名は……」

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※この作品は史実を元に描いたフィクションです。

焔屋稀丹

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